【テーマ】ことばが話せるって、どこから?

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【テーマ】ことばが話せるって、どこから? により Mind Map: 【テーマ】ことばが話せるって、どこから?

1. 関係ない話

1.1. みなみ:言葉ってなに?と聞かれたときに、自分から作り出せる”共通点”だと思った。 ”同じ”を見つけると仲良くなれる。ヨーロッパとかにいくと人種も違うしあまり話しかけられることがないかもしれない。 でも自分がもしフランス語ペラペラだったりすると、他者との共通点が生まれて仲良くなれる。 「韓国人のおじさん、ゴルフが好き」みたいな人でも、韓国語を自分が話せていたとしたら、同じ韓国語を話せる者同士仲良くなれる。

1.1.1. チャー:伝える気持ちがあったら、言葉が話せるという人がいると思うけど、そこに共通点があるかどうかはすごく大事なポイントだと思う。 仲良くなるきっかけとして、共通点というのは無視できないポイントだと思う。

2. 【一味】自己満足が大事

2.1. 【主張】

2.1.1. 【体験談】

3. 自分次第

3.1. 【一味】自己紹介以上で話せてる

3.1.1. 【主張】レッキン:自己紹介以上+相手が理解でOK ある程度のレベルで流暢+相手が理解してくれていればことばが話せている

3.1.1.1. 【体験談】大学の友達に、「ヒッポに行って何してるの?」と聞かれた。 自分は「色んな国の言葉をしゃべったりしてる」と答えた。 そしたら、「どれくらいしゃべれるの?」と聞かれて、「単語や自己紹介とか、そのくらい」と答えた。 すると友達に「それって『話せてる/話す』には入らなくない!?」と言われた。

3.2. 【一味】通じ合う実感派

3.2.1. 【主張】ひふみん:発話への反応+認識の一致を自己が認知できた時 自分の発した言葉に対して、反応があり、自分と同じイメージを共有できていると判断できたとき「話せた!」って感じる。

3.2.1.1. 【体験談】ひふみん:ニューヨークである地下鉄に乗ろうとしたときのこと。掲示板には意味ありげな 長文が表示されているが理解できず、少しパニック状態の私。隣にいたおばちゃんに問いかけると、 .次の電車をまてばいいわよ私たちもそれに乗るから一緒に待ちましょう安心して!」的なことを言ってくれた。 →言ってることが正確で無く、聞き取れたことが正確では無くても、意味が通じ合ったと思えた。

3.2.1.2. 【体験談】キャサリン:先日ぐらいに入ってくれたメンバーの人とテレビ電話で電話した時、 メンバーの子供さんの一番下の2歳の子が「ダーリンフィンガーダーリンフィンガー...」と歌ってくれた。 これは私とやったSADAの歌で、とても嬉しかった。キャサリン一緒に遊ぼうと言っているようで、言葉だなと思った。

3.2.1.3. 【体験談】チャー:チャー:小さい時の方が、失敗を知らない。果敢に話しに行ける。 留学の時も、最初の方が果敢に話せる。少し時間が経って話せるようになった時の方が ブレーキがかかるような気がする。

3.2.1.4. 【体験談】ひふみん:喋れるようになると「伝わらなかったらどうしよう」という想いが生まれてしまう。 →通じ合う実感がなくなると思うと萎縮してしまうという解釈

3.3. 【一味】自己満足が大事

3.3.1. 【主張】シェリー:発話欲求に基づいた発話はことばになっている 相手の国の言葉で話したいという気持ちがあって、一言でも話したら、それが言葉を話しているということ。

3.3.1.1. 【体験談】アメリカにホームステイに行ったとき、メキシコ人の家族だった。 最初は英語で会話していたけれどスペイン語で話したいと思って話しかけてみた。 一言二言話しただけだったけれど伝えたいことを全て理解してくれた。 よって相手の国の言語で話したいという想いを持って、一言でも話したら、それが『ことばが話せる』ということだと思う。

3.3.1.2. 【体験談】コッキリ:スペイン語だと「おら」ぐらいしかわからないから、話せると思えない。 アフリカに行ったらフランス語を話すんだけど、「スペイン語話せる?」とか聞かれることがある。 フランス語ならこれくらい、スペイン語はこれくらい、と答えることがある。 程度は小さいけど0ではない、これが自分の中で喋れるということ。 他の言語同士を比べて話せるかどうか?ということになる。言葉に完成系はない。

3.3.1.3. 【CQ】

4. 他者次第

4.1. 【一味】社会一般から求められる言語レベル感に合っているか

4.1.1. 【主張】みい:受け手ありきの「話せる」 受け手が求めている言語能力レベル(ペラペラかどうか)に則しているか

4.1.1.1. 【体験談】マルシア:環境というのが影響している。ポルトガルの通訳、英語の通訳をやっていたりする。 例えば「スペイン語できますか?」と聞かれて、私ポルトガル語の通訳だからと断ったことがあった。 何をどの程度求められるかで、話せるかどうかが変わってくる。 同じ自分自身で変わっていくことから、環境の影響は多少なりともある。

4.1.1.2. 【体験談】チャー:ヒッポの人に英語喋れる?と言われたら 「YES」と答えるのに、会社の人に聞かれたら「一応...でもビジネスとしては...笑」と答えてしまう(笑) →相手から求められる言語レベル感が存在するということ

4.1.1.3. 【体験談】ハル:海外でインターナショナルスクールに通っていて、日本に帰国後、 海外の人がたくさん集まるボーイスカウトキャンプで英語を話していると、周りから「英語喋れる人」と認識された。 そこで初めて、自分が英語を話せるということを理解した。

4.1.1.4. 【体験談】スラングでとある言葉を使ったときに「この人たちと同じ言葉を使えた」と思えた。 その人たちの中で生きている言葉を使ったと思えた。

4.2. 【一味】場の空気感で確認

4.2.1. 【主張】フォマージュ:発話意図と周囲の相対的な反応の合致で判断しようぜ 自分の中の「話せる」という像と、話ている情景が一致しているかどうかが基準だと思う。

4.2.1.1. 【体験談】はっちゃん:アメリカに行った時に、「今日は話せた」と 思える日とそうでない時がある。盛り上がった時は自分は話せたと思えた。 逆に、周りが盛り上がってないと話せていると感じなかった。

4.2.1.2. 【体験談】フォマージュ:小五で韓国に行った時、話せないと思っていなかった。 アメリカに高3で行った時に、自分は話せないと思ってしまった。 周りから「話せない」と言われたら、話せていないように思えてしまう。 バレーボールをやっている時、「バーン」とかの効果音だけで仲良くなれた。 音が言葉になる時というテーマがあるけど、音と言葉の違いは何があるんだろう

4.2.1.3. 【体験談】エリちん:子供が歩くのが待ち遠してくて、やっと歩いた時の動画を見たら、 両手を挙げて「歩けた!歩けた」と子供が言っていた。何を言っているかわかったのがすごく面白かった。 いつも周りにいた私たちが2~3歩歩いた時に「歩けた!歩けた!」と言っていたのを真似したのか?

4.2.1.4. 【体験談】チャー:良い記憶と一緒に言葉が頭にインプットされる。 歩けた!と周りに言われた時の周りの人の表情とかが、子供の記憶に働きかける部分があったんじゃないか。

4.2.1.5. 【体験談】しゅんすけ:その人が思う”話す”を達成していれば、話せているになる。 自分が喋れていないと思っていても、相手が喋れていると判断したら話せているということになると思う。 空気感を読むのも自分であって、全て主観なんだと思う。

4.2.2. 【CQ】イメージの共有と、場の反応のみ会話していると仮定すると、 会話の中で生まれる曖昧さを回避できなくなるんじゃないか?なので、 場の反応だけではないのではないか?

4.3. 【一味】他者の行動結果100%

4.3.1. 【主張】コバちゃん:発話意図と他者の行動結果が合致すること 誰かにこんなふうにして欲しいと思った時に、言葉を発してその思った通りに動いてくれたり、 伝わった時に「話せる」と他者との関わりで思えることもある。

4.3.1.1. 【体験談】ペチカ:3人でロシアに言った時に、子供は日本語で、 ロシアの子はロシア語で話し合っていた。それを見て、「二人は話している」と思った。 →異なる言語同士で会話を行なっていると互いに判断した為、会話が持続された。

4.3.1.2. 【体験談】ソチ:相手が「は?」みたいな、 外国人だと思われて「英語わかりません」みたいな対応をされることもある。 会話が続いたりしたら、「日本語話せた」と感じる。

4.3.1.3. 【体験談】さーやん:他者次第。息子が1歳で、話してくるけど、私が理解できていない時がある。ワンワンといっているのが果たして犬なのか。 雰囲気が伝わったら、話せていると定義する人も班の中にいた。まんま!と明らかに私に言っていたら、「お母さん」だと受け取るし、 そうでなければ意味のない単語と捉えるかな。

4.3.1.4. 【体験談】なっち:話せるというレベルを分けるのは自分次第。ジェスチャーだとしても、 英語だとしても、伝わっているなと自分で思えたらそれは話せているということ。 話せていなくても、周りが理解していれば「私話せているのかな」と思えるし。 交流話で「私あの時こう言った」と報告しているけど、 それがジェスチャーだったのか現地語だったのか分からなかったりする。相手から返事が来たら伝わったと思う。 自分が言ったことが相手に伝わっていれば話せているということになると思う。

4.3.2. 【主張】はるな:会話の継続で判断

4.3.2.1. 【体験談】はるな:意味はわからないけど、あるワードを発したら相手が分かっていて伝わっている。それで会話がどんどん続いていくことがあった。

5. 【議事録フィールド】

5.1. マルシア:環境というのが影響している。ポルトガルの通訳、英語の通訳をやっていたりする。 例えば「スペイン語できますか?」と聞かれて、私ポルトガル語の通訳だからと断ったことがあった。 何をどの程度求められるかで、話せるかどうかが変わってくる。 同じ自分自身で変わっていくことから、環境の影響は多少なりともある。

5.1.1. シェリー:求められる言語レベルによって、変わるけど、 相手に向かっていきたいという気持ちがあれば、話せる可能性が広がっていくということだね。

5.1.1.1. マルシア:誰でも承認欲求はある。 通じ合えるように間に立つ、そういう役に立つというのが嬉しい。 その経験が「もっと話したい」という気持ちを起こさせる。

5.2. さーやん:他者次第。息子が1歳で、話してくるけど、私が理解できていない時がある。ワンワンといっているのが果たして犬なのか。 雰囲気が伝わったら、話せていると定義する人も班の中にいた。まんま!と明らかに私に言っていたら、「お母さん」だと受け取るし、 そうでなければ意味のない単語と捉えるかな。

5.2.1. チャー:意味のある単語、ない単語は?

5.2.1.1. さーやん:まんま!と明らかに私に言っていたら、「お母さん」だと受け取るし、 そうでなければ意味のない単語と捉えるかな。

5.2.1.1.1. マルシア:いろんな通訳官がいるから、その人たちを見ると、「私は話せない」と思ってしまう。

5.3. まさ:何語とかを捉えず、広い意味での言葉なのか、狭義のインドネシア語ということなのか。 傘という一単語を言って、伝わる。 でもそれがインドネシア語を話せているのかというと話せていないと思う。 ある意味自分次第。自分主観である時から、徐々に相手視点になっていく。 相手視点になっていくに連れて、話せているといえる状況に近づいていく。

5.4. なっち:話せるというレベルを分けるのは自分次第。 ジェスチャーだとしても、英語だとしても、伝わっているなと自分で思えたらそれは話せているということ。 話せていなくても、周りが理解していれば「私話せているのかな」と思えるし。 交流話で「私あの時こう言った」と報告しているけど、 それがジェスチャーだったのか現地語だったのか分からなかったりする。

5.4.1. シェリー:相手に伝わったという判断はどこでしているの

5.4.1.1. なっち:相手から返事が来たら伝わったと思う。 自分が言ったことが相手に伝わっていれば話せているということになると思う。

5.5. ハル:自分の周りにいる人が、話せているかどうか基準という意見に共感した部分がある。 海外でインターナショナルスクールに通っていて、日本に帰国後、海外の人がたくさん集まるボーイスカウトキャンプで英語を話していると、 周りから「英語喋れる人」と認識された。 そこで初めて、自分が英語を話せるということを理解した。

5.5.1. チェリー:インターナショナルスクールでは周りに英語がたくさん話せる人がいた、でも環境が変わると話せるようになったと感じた。 ヒッポは、普段自分がいるファミリーから出て違うファミリーに行くと、自分がどれだけ話せるとか、歌えるとか、周りが発見してくれたりする。 自分と他者との関係、環境が大事なんだと思う。

5.5.1.1. チャー:周りの受け止め方が上手だし、受け止め方が上手になっていく。だからこそ言葉が育っていく。 サダマリンでサダを踊ると踊れない気がするけど、ファミリーに帰って踊ると、踊れる!みたいな。

5.6. コッキリ:スペイン語だと「おら」ぐらいしかわからないから、話せると思えない。 アフリカに行ったらフランス語を話すんだけど、「スペイン語話せる?」とか聞かれることがある。 フランス語ならこれくらい、スペイン語はこれくらい、と答えることがある。 程度は小さいけど0ではない、これが自分の中で喋れるということ。 他の言語同士を比べて話せるかどうか?ということになる。言葉に完成系はない。

5.7. しゅんすけ:その人が思う”話す”を達成していれば、話せているになる。 自分が喋れていないと思っていても、相手が喋れていると判断したら話せているということになると思う。 空気感を読むのも自分であって、全て主観なんだと思う。

5.8. ゆうすけ:若者言葉だったり、医療の言葉だったり、話していても伝わらない。 意味がわからずに若者言葉を使ったりしていたら、これは話せているということになるのだろうか? フランスに行っていたときに、スラングでとある言葉を使ったときに「この人たちと同じ言葉を使えた」と思えた。 その人たちの中で生きている言葉を使ったと思えた。

5.9. フォマージュ:他者と自分というところで意見が分かれた。 自分ってなんだろうと思った。 交流に行ったときに、最初はわからなかったけど、だんだん話せるようになってくる。 そう思えるのは、周りを巻き込んだからなのではないか。他者が自分を見ていないといけない。自が分かれると書いて自分。周りにいる人も含めて自分なのか。 人間も、人の間だから、周りの人の間にいるのが人間なのではないか。

5.9.1. シェリー:言葉は他者がいないと意味をなさないと思うから、他者とのつながりは切り離せないのかな。

5.10. げんや:結局話せるかどうかは自分次第という結論になった。 韓国のフェロウが実家にホームステイしたときに、一度も韓国語を勉強したいと思ったこともないのに、韓国語が喋れた。 韓国語喋れてないよ?と言われても、自分は喋れてると言い切れるぐらいだった。 スキルとしての英語、韓国語、通訳ができるかどうかとかは、コミュニケーションツールとしての韓国語はできていないと思う。 でも僕は話せていると思えているから自分次第なんだと思う。

5.10.1. げんや:「ハジマン」とか「クリゴ」とかが出てきたけど、なんで自分がその単語を知っているのかわからなかった。 周りの人がどう思うかは知らないけど、自分は話せていると思えた。 自分の中の言葉と、みんなが思う言葉はぜんぜん別次元の話。

6. 自分と他者の両軸

6.1. 【一味】

6.1.1. 【主張】まさ:自分主観である時から、徐々に相手視点になっていく。

6.1.1.1. 【体験談】まさ:何語とかを捉えず、広い意味での言葉なのか、 狭義のインドネシア語ということなのか。傘という1単語を言って、伝わる。 でもそれがインドネシア語を話せているのかというと話せていないと思う。